花葬儀を選んだ理由
父が残した2つの遺言。「臨海斎場で、花葬儀のフラワーデザイナーさんに。」
花葬儀のフラワーデザイナーさん(以下、須山さん)とは、自分が小さい頃からの知り合いで、親同士、須山さんのご子息との繋がりも深く、一緒に食事を取ったり、地域のおまつりにも一緒に行ったりするほど、家族ぐるみでお付合いする仲でした。
花葬儀でお願いすることになった一番の理由は、父からの2つの遺言です。
ひとつは、自分の葬儀は臨海斎場でやりたい、ということ、もうひとつは、自分に何かあったら須山さんに全てを任せたい、という話でした。その遺言を尊重したく、長年お付合いのある須山さん、そして花葬儀のプランナーさんであれば、その父の意思がきちんと伝わるだろうと思い、今回ご縁をいただくことになりました。
花葬儀を体験して良かったこと
しんみりした葬儀ではなく、最高の祭壇で自慢の父親を送り出せました
闘病中、父はずっと、ごめんなさいと謝っていました。それは、自分が体の具合が悪いことで、家族に、面倒ばかりかけているという申し訳なさから出た言葉でした。父はとても優しい人だったので、自分の葬儀で、人が悲しんでいるのを見ると、ごめんね。悲しませて、と謝ってしまうと思ったのです。父にはもう二度と謝らせたくなかったので、来てくれてありがとう、という感謝の気持ちを伝える場にしたいと思いました。葬儀っぽくしんみりした斎場にはしたくなかったのです。
そこで、海をこよなく愛した父を思い、お花も白ベースではなく、海の男をイメージする青に。参列者からは、ハワイのレストランのようだね、と言われたほどでした(笑)
遺影写真はプランナーの山田さんにも何度も修正をお願いしました。それは、父の目に「光」を入れてほしい、というリクエストです。父は人と目を合わせて話す人だったので、参列した一人一人と目が合い、微笑みかける写真にしました。
フラワーデザイナーの須山さんからはふたつの祭壇を提案いただきました。ひとつは花のみの祭壇、もうひとつは、壺活けの祭壇。家族全員、満場一致で壺活けの祭壇を選びました。たくさんの花は、友人の多かった父の友人の数を表し、壺から高く伸びる枝ものは、優しかった父の心の広さと寛大さを表現してもらいました。
同じ斎場の、別の会場では焼香の匂いしかしませんでしたが、どこよりも花の匂いがすごかったのをよく覚えています。父がやりたかった葬儀ができたと思っています。
-お父様はどんな方でしたか?
ひとことで言えば偉大な人。そして、どんなときも誰よりも優しく、名前のとおり「くつろぎ」を与える人でした
あんなに優しい人、いいやつはいないと、いろいろな人からエピソードを聞きます。父の名前の「寬一」の由来は、「くつろぎを与える人」です。名前の氏名と、父の使命が一緒でしたね。少し心配性ではありましたが、本当に優しく、笑顔が素敵で、人が喜ぶのを見るのが好きな人でした。
父は個人事業主で質屋を経営していましたが、本当にお客さんに愛されていました。例えば、ここに来るのが楽しみ、と言って、父に会いに来るためだけに質屋に品物をいれるおばあちゃんがいたほど。また、入院中は仕事を休ませていただいておりましたが、80歳の方から、がんばってください!という留守番電話のメッセージが残されていたり。本当に、昔ながらの人情がある人で、万人に均等に接する人でした。
父は、お酒は飲まないのですが、お店に行くのは好き。一滴もお酒は飲まないのに、なぜか周りから一番人気がある。話すのが上手というより聴き上手なタイプで、うんうん、そうかそうかと、笑顔がやっぱり素敵な父だから、人気があったそうです。かっこいい父でした。
こんなご葬儀でした
お式への要望
参列者の方に感謝の気持ちを伝えたい。葬儀っぽくない感じにしたい。
〇 壺活けの祭壇。色は白ベースではなく、海の男をイメージできる青系にしてほしい。
〇 お花の数は友人の数、壺から天井に伸びる枝ものは父の心の広さと寛大さを表現してほしい。
〇 遺影写真の父の目に「光」を入れてほしい。目が合う写真にしてほしい。
〇 父が好きだった音楽をかけてほしい。(加山雄三、ベンチャーズなど)
実際のご葬儀
〇 ダイナミックな木々の間の芍薬や紫陽花といった大輪の花は、ご友人が多かったお父様のご友人の人数を表し、大好きな海と波をイメージした祭壇をお作りしました。
〇 プロフィールカードをお作りしました。
〇 2階のお控え室に、生前のお父様の写真をDVDに作成してお流ししました
-葬儀が終わってみての感想はいかがですか?
最高の旅立ちを見送ってあげられました。
父の遺言通りの葬儀になり、純粋にありがたいなという感謝の気持ちです。いろいろな人が、大変だったね、素敵な祭壇を作ったね、と声をかけてくれるのですが、いい意味で大変だったという気持ちはあまりありません。それは、父の意思が、必然的にフラワーデザイナーの須山さんや、プランナーの山田さんに伝わり、父の気持ちを表す葬儀ができたと感じたからです。最高の旅立ちを見送ってあげられたと思っています。
父が病気になってから今まで、姉をはじめとする家族、そして親戚が、家族一丸となって、それぞれの役割で動いてくれました。たくさん助けられましたね。長男である自分がしっかりとピラミッドの頂点に立ち親族の気持ちをひとつにして、父の葬儀を終えることができました。
「今までなかった縁が繋がり、今まであった縁が強くなる。」
葬儀や結婚式の冠婚葬祭はそんな意味があると思っています。だから、父の葬儀をきっかけに、父が築いてきた縁を受け継ぐことがこれからの自分の使命です。この縁は父から最後のプレゼントなので、しっかり繋いでいきたいと強く思っています。
エピソードとお写真は、ご家族様のご許可をいただいて掲載しております。